「それで出たらスコットランド大使館からだったんすよ!」
「詐欺の類だろう」
都内某所のカフェにて。
スコットランド大使館から電話をかけられたという金髪の男は、なんとかフラペチーノ(正式名称がとても長いもの)を飲み干してからため息をついた。
彼は高井浩平(たかいこうへい)。オカルト系の記事の執筆を主としている大型新人ライターである。
「それで要件は」
そして、高井の向かいの席に座る黒髪の男は東堂健一(とうどうけんいち)という。
東堂は筋金入りのオカルトライターであり、心霊やUMAにまつわるいわくつきスポットの現地調査はもちろんのこと、ネタになりそうなら己の命をかけた呪術さえ実行する、怪異に魂を売ったオカルトロボットだ。
彼が書いた記事は単に怪奇現象が起きたというだけにとどまらず、その後の「対処・駆除」まで含めているところが特徴で、その内容には妙な説得力があり、熱狂的なファンがとても多い。
「この記事を読んでから家で妙なことが起きる」と、東堂が書いた記事のURLを載せてSNSで発信した読者がわずか数日後に変死を遂げ、一度大バズりをしてから、東堂の記事は令和のチェーンメールのようになり、普段オカルトに興味のない層からも広く知られている。
「10月に出す記事のネタに迷ってて」
高井もまた、東堂の書いた記事に憑りつかれたファンの一人であった。
多感な時期に「危険度別 全国祠マップ」を読み、何を血迷ったか高校を中退し、自転車で日本を一周してから高卒認定試験を受け合格し、その後現役で大学に入ったタフな男だ。
――あの記事が人生の分岐点になったのは言うまでもないです。あれを読んでから俺の頭は変になりました。
わずか数か月でフォロワー40万を超えた超新星ライターとして受けたインタビューで高井はそう語る。
「10月といえば世間はハロウィンでガヤつきますし、西洋の妖怪か何かと絡めようかと思ったんですけど。今更ドラキュラとかポルターガイストとか超つまんないですよね」
「どれだけ使い古されたものでも説得力があれば読者は食いつく」
「説得力か……」
ただの一ファンであった高井が、どうして憧れの大先輩である東堂と一緒に仕事をしているのか。
話は高井が高校を中退して、自転車で全国のいわくつきの祠を周っていたころに遡る。
危険度マックスとして載せられていた「日本唯一のゴーストタウン」―― 入流戸旧市街(はいるときゅうしがい)の入口にぼつんと建てられていた祠を、高井は粉砕してしまったのだ。
粉砕するに至るまでの話はまた長くなるため今回は割愛するが、入流戸の祠を粉砕し、顔を真っ青にしながら逃げ帰ろうとした最中、高井は年齢不相応の強烈な不整脈に襲われた。
自分はここで死ぬのだと高井は観念したように目を瞑ったが、一向に死ぬ気配はない。
数分待っても死亡しなかったため、おそるおそる目を開ければ――――粉砕された祠の前に東堂が立っていた。
その日、東堂は別件の取材のため、偶然入流戸の近くを訪れていた。そして運転中、近くで超常現象が起きたと直感したらしい。
この東堂の直感については誰一人として説明がつけられないが、とにかくその方向に来てみると、高井が自転車とともに倒れていたのだという。
自分は走馬灯を見ているのだと真っ当な混乱をする高井には目もくれず、東堂はほぼ粉状にまで破壊された祠を手際よく修復していった。
祠が元の形を取り戻したころ、ようやく高井は自分が置かれている状況が一切理解できないということを理解したのだった。
「俺が初めて書いた『祠壊したら死にかけた』も、直接怪異とは関係ないような日常のことを細々書いたからこそあそこまでバズった気がしますね」
「飾らない文体と稚拙な語彙が却って生々しいと好評だったな」
「あれ別に創作じゃなくてブログなんですけどねえ……」
東堂(が祠を修復したこと)によって命を救われた高井は、その後実体験を『祠壊したら死にかけた』というブログの形にまとめ、インターネットに発信した。
するとそれはそれは恐ろしいほどにバズりまくり、ヘタクソかつ極度の動揺が伝わってくる文章がリアリティがあると本人の意思とは裏腹にもてはやされ、そのままライターの仲間入りを果たしてしまったというわけだ。
東堂とは、第一に命の恩人であることや、元々は東堂の記事に触発されて行動していたことなどの諸々があり、なんだかんだ奇妙な縁が続いている。
まあそんな感じで人生というものは、時には怪異が干渉したとしか思えないような、小説よりも奇妙なことが起きる。
「あの有名な幽霊屋敷とか行って来た方がいいんすかね~…… ウィンチェスターハウスみたいな」
ズズ、とカップの底の甘ったるい残滓をストローで飲み込もうとした――その時。
高井のアイフォーンエスイーが聞き慣れた着信音を発した。
「あ、すみません。ちょっと出てき…… もしもし?」
「…………」
電話を取った高井は、数秒置いてから東堂の顔を見た。
「スコットランド大使館……?」
◇◇◇
「シブヤ・ハイジャック・オ・ランタンが、東京発の飛行機を墜落させている」
「先輩、今回はさすがに無視でよかった気がしますよ」
「私達のようなものは足で稼ぐしかない。それにネタに困っていたのは高井、お前本人だろう」
結論から言うと、スコットランド大使館からの電話は、スコットランド大使館からの電話ではなかった。
以前からスコットランド大使館を名乗っていた電話の主は、合宇富田男という、小松菜を乾燥させたような出で立ちのオカルトマニアの男だった。
合宇によると東堂に記事にしてほしい怪異を発見したので、是非とも話を聞いてほしいとのこと。
東堂と高井は護身用のスタンガンを持っていくことを条件に合宇と会う約束をし、今まさに合流したところだ。
「本物の東堂健一だア……」
「私はホームページに仕事用の連絡先を載せている。何故高井の個人用の携帯にかけた」
「そのアドレスにメールしたパソコンが全部壊れて起動しなくなっちゃって、スマホも同じように壊れたんですよォ……」
「それでなんで俺にかけようと思ったんすか!? ていうか俺の番号はどこから!?」
「まアまア」
合宇は背を丸くし、両手でなだめるようなジェスチャーをしてから話し始める。
「僕はどうしてもこのことを東堂サンに教えたかった……しかし連絡先は全滅ときた」
怪訝な顔をして、なんとかフラペチーノ(今回は紫とオレンジのクリームが盛ってある。どちらも芋の味だ)を飲む高井。
まったく雰囲気の違う男三人が都内のシャレたカフェに集い、オカルトの話をしているのはなんとも妙な光景だった。
「あきらめきれずにネットサーフィンをしてたらね…… 流出してたんですよ。高井さんの番号は」
「嘘だろ!?」
「ホントですよ。もう消えちゃったけど、僕はちゃんとスクリーンショットしましたからね」
そう言って合宇が見せた新品のスマホの画面には、真っ黒いアイコンのアカウントが高井の個人情報をばらまいている投稿のスクリーンショットが映っていた。
「僕はヒラめきましたよ。高井君は東堂サンとよく一緒に記事を書いてるし、こっちに連絡したら東堂サンにも情報が行くかもしれないってね」
「保存すんな! そんで怪しい番号にかけるな! 犯罪者!」
「非難されるべきは僕じゃなくてこの黒いアカウントでしょう。スクリーンショットだってもう消します。今から消しますよ。消します消します。ああー消えちゃった……」
絶句する高井と、相も変わらず表情の一つも変えない東堂。
「スコットランド大使館を自称した理由は……?」
「私に記事を書いてほしいんだろう。詳細を」
「せ、先輩! いくらなんでもこいつ変ですよ! まともに取り合わない方がいい気が」
「目ぼしい情報が得られなかった場合は通報する」
「個人情報抜かれた俺の意思は!?」
「やっぱり東堂サンも知りたいですよねェ……『シブヤ・ハイジャック・オ・ランタン』……」
合宇は何やらニュースサイトを開くと、その画面を東堂と高井に見せる。
「ここ一週間で東京発の飛行機の8割が墜落しているのはご存じですよね?」
「ああ。これは明らかに異常だ……調査に入ろうか悩んでいたところだ」
「僕もコレは絶対に怪異が干渉していると睨みましてねえ……飛行機が墜落した場所を片っ端から巡ってみたんですよ。そこで僕は驚くべき共通点を発見したんです」
バン、とロクに物も置けないようなサイズのシャレた机が合宇の手によって叩かれる。
「飛行機が墜落したと言われている現場には、必ずアメちゃんが落ちていたんです!!」
合宇が次に見せたのは、土埃や血液で汚れ、クシャクシャになった飴玉の包み紙だった。
「東堂サンならおわかりですよね? これはシブヤ・ハイジャック・オ・ランタンが復活したに違いない……」
「それならこの時期に多発していることにも納得がいく。私としたことが完全に頭から抜け落ちていた」
「もしかして俺が知らないだけでこっちの業界だと常識だったりしますか?」
「東京の怪異の中だとかなり有名どころだ」
「僕は是非とも東堂サンにシブヤ・ハイジャック・オ・ランタンをその手でシバいて、記事を書いてほしいんです」
東堂は筋金入りのオカルトライターであり、筋金入りのゴーストバスターである。
危険な場所に足を踏み入れれば、当然呪いだとか祟りが発生する。
それは通常回避できるものではないし、危険なものに呪われれば苦しんで死ぬことは間違いないだろう。
そういう場合はどうするか?
基本的には、物理的または精神的に攻撃を加えて怪異ごと消滅させるしかない。
◇◇◇
読者諸兄姉は、ジャック・オ・ランタンという妖怪を知っているだろうか。
日本ではせいぜい、お菓子を渡さないとイタズラしてくるやつ、10月付近になるとありとあらゆる店や施設に出没するカボチャのやつという認識だろう。
ジャック・オ・ランタンはアイルランド及びスコットランドに伝わっている妖怪であり、彼の逸話にはいくつかのバリエーションが存在している。
一説では堕落した人生を送り死亡した極悪人が、地獄行きを通告されそうになりながらも天国の門の管理者を言葉巧みに言いくるめ、再び人間に生まれ変わるがまたしても堕落し、二度目の死後には天国にも地獄にも行けず、その様子を見て哀れんだ悪魔からもらった石炭を火種とし、転がっていたカブをくりぬき、ランタンの中にその火種を入れて持ち、現世を彷徨い続けている姿だとも言われている。
「Trick or Treat…… 今すぐ俺にアメを渡せ…… さもなくば“堕”とすぞッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
東京発地獄行きの飛行機内に響き渡る乗客たちの悲鳴。
漆黒のマントに身をつつんだ、身長2メートルをゆうに超えるカボチャ頭の男が、機内に突如として現れた。
彼こそが、9月~10月運行の東京発の飛行機に現れ、満足できる量の飴をもらえなかった場合には飛行機を墜落させる妖怪――――シブヤ・ハイジャック・オ・ランタンだ。
「こ、これ……」
乗客の一人が、ガタガタと震える手をシブヤ・ハイジャック・オ・ランタンに差し出す。
その手の中には、ヴェルタースオリジナルが1個包まれていた。
一人がヴェルタースオリジナルを差し出したことを皮切りに、他の乗客たちも手持ちの飴をシブヤ・ハイジャック・オ・ランタンに渡していく。
その様子はさながらファンの差し入れのように見えなくもなかったが、頓珍漢な光景とは対照的に機内の空気はこの上ないほど張り詰めていた。
「これだけか?」
「ヒイッ!!!!!!!!!!!!!!!」
乗客たちが差し出した飴は、すべてを数えても市販の飴一袋にも満たなかった。
「これだけかあ~~~~~~~!?!?!?!?!?!?!?」
「ヒイーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
シブヤ・ハイジャック・オ・ランタンは乗客から集めた飴をその場で粉砕した。
黒い手袋に付着した飴の欠片を舐めとるようなジェスチャーをすれば、乗客たちは再び悲鳴をあげる。
「もう誰も出せねえのかア~~~~~ッッッッッ!?!?!?!?!? そんな量じゃ俺は帰んねえぞォ!!!!!!!」
「フ、フリスクはダメですか」
一人の乗客がびくびくと震えながら、フリスクをシブヤ・ハイジャック・オ・ランタンに渡そうと立ち上がる。
そしてフリスクという言葉を聞いた瞬間、シブヤ・ハイジャック・オ・ランタンの頭部を内側から照らしていた明かりの色が、オレンジから緑色に変わる。
「冗談でもそんなものをアメ扱いするな。俺は気分を損ねた。もう堕とす」
「えっ」
シブヤ・ハイジャック・オ・ランタンは立てた親指を下に向けた。
「ギャッ……ギャボッッッ…………ギャボボボボボ…………!!!!!!!!!!!!!!」
サムズダウンだ。
飛行機は反時計回りに90度回転し、そのまま地に向かって一直線、どんどんとスピードを上げていく。
「どいつもこいつもシケてんなア!!!!!! 俺様を満足させられるヤツはいねえのか!?!? 飴もロクに出せないなんてもうこの国は終わりだなア~~~~ッッッッ!!!!!!!!!!」
「ぐわあああッ……」
数秒後、飛行機は頭から地面に追突した。
◇◇◇
「シブヤ・ハイジャック・オ・ランタンは10月31日に渋谷に棄てられた菓子類が怨念を持って顕現した妖怪みたいですねェ」
「結局wikipediaに頼るのかよ」
東堂と高井と合宇は業務スーパーに訪れていた。合宇は歩きスマホをしてシブヤ・ハイジャック・オ・ランタンのwikipediaを読んでいる。
そして、大きめのカートの中に片っ端から飴の袋を詰め込んでいく。
「大量の飴を渡さないと飛行機を墜落させてくると……」
「前回現れたのは10年前…… まだ私は学生だな」
「当時はどうしようもなくて、11月になるまで待つしかなかったんですよねェ」
「今も近くで墜落しているはずだ。事態は一刻を争う」
「これは俺たちが行かなきゃいけないことなんですか?」
「現物が見たい」
「え、じゃあ乗るんすか? 飛行機」
「ああ」
「嘘……」
東堂は既に東京発の便を調べていた。もちろん3席取るつもりだ。
「このアメちゃんたちをぶつけるだけじゃあちょっと心許ないですよねェ……」
「豆撒きか?」
のど飴、黒糖飴、べっこう飴、こんぺいとう。
業務スーパーからすべての飴が駆逐されようとしていたとき、しばらく黙り込んで何かを考えていた様子の東堂が口を開く。
「手刀だ」
「えっ?」
「シブヤ・ハイジャック・オ・ランタンの頭部には穴が空いている。機内に武器を持ち込もうとすれば保安検査で引っかかる。だから手刀で昏睡させてから穴に飴を流し込む」
「ヤツは2メートルはゆうに超える図体だそうですが…… その辺りはどのようにお考えで?」
「体の大きさは関係ない」
「物理攻撃が効かないかもしれないですよ」
「いや、効く」
東堂は筋金入りのオカルトライターであり、筋金入りのゴーストバスターである。
八尺様3人分くらいまでの大きさの怪異なら今まで幾度となくしばいてきた東堂にとっては、2メートルなどかわいいものだ。
「さっすが東堂サン…… 今まで数多の怪異を潰してきただけありますねェ~……!」
「合宇お前なんか変じゃないか? 元から変だけど」
「死亡率8割の飛行機に乗って怪異を討伐しようとしているライターサンの方が変じゃないですか?」
「……………」
業務スーパーでの会計は9000円を超えた。
◇◇◇
羽田空港のモニターは全て壊れ、ノイズが走っていた。
空港内アナウンスも全てハッキングされており、定期的に爆音でグラインドコアを流すだけだ。
東堂一行が乗るのは東京発地獄行きエコノミークラス。
「マジで乗るんすか?」
「心配ならここで待機していても私は構わないが」
「写真撮影で協力したいので僕は乗りますよォ~!」
「おい……写真撮るのは俺の方が上手いぞ!!」
保安検査場もがらんどうで機能しておらず、この様子であればたとえマシンガンを持ち込んだとて誰にも咎められなかっただろう。
機内に持ち込むのは、3人の鞄に限界を超えてまで詰め込んだ飴と、アイマスクと耳栓。その他の快適な空の旅に必要そうなもの。
「空港がこの有様なのに飛行機は運行しているのか」
「ここまでシブヤ・ハイジャック・オ・ランタンの影響が出ているようですねェ~ッ!」
「合宇ってこんな声でかかったっけ? 身長も」
「高井、お前は10月の記事のネタに困っていたんだろう。もう書き始めておいてくれ」
「は……はい」
飛行機は通常通り運行しているようだった。
他の乗客やCAの顔色が悪い、を通り越して文字通り顔が紫色になっていたのはおそらく気のせいだろう。
東堂と高井と合宇の3人は難なく東京発地獄行きの便に乗り込み、きちんとシートベルトを締める。
――皆様、今日も即死航空666便、地獄行をご利用くださいましてありがとうございます。
――当機の機長は田中、私は客室を担当します呪田でございます。
――間もなく出発いたします。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください。
――地獄までの飛行時間は約6時間を予定しております。
――それでは快適な空の旅をお楽しみください。
ノイズまみれのアナウンスが流れた後、3人を乗せた666便は空へと飛び立つ。
◇◇◇
「ホントに出てくるんですかね?」
こそこそと高井は小声で喋る。
出発してからしばらく経つが、特に何も起きない。透き通った空がきれいだ。
「一個くらい食ってもいいよな……? 俺は食うぞ……」
高井はとりあえず「ハロウィン」とだけ、シンプルなメモを書いた。
文章を書く行為は、脳のエネルギーをとても消耗する。そんなときのお供としてぴったりなのが、甘いアメ。
高井は整理整頓もへったくれもないギチギチの鞄を開き、アメを一つ取り出そうとした――その時。
東堂は窓の外を一瞥すると「来る」とだけつぶやき、シートベルト着用サインが点灯しているにもかかわらずシートベルトを外し、すっと立ち上がった。
「お……お客様!!」
勿論周囲の視線は東堂に集中し、顔を紫色にしたCAが東堂の元に駆け寄る。
「シートベルト着用サインが点灯している間はお座りくださあああああ…………アアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!!!!!」
「せ、先輩!!!!!!!」
すさまじい勢いで東堂がCAの腹に膝をめり込ませた。
当然機内に響き渡る乗客たちの悲鳴。高井は目の前で何が起きているのか理解できず目を丸くした。
強烈なゴーストバスター膝蹴りを喰らったCAはその場に倒れ……込むことはなく。
「Trick or Treatォッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」
CAは次々と同じような紫の顔色をした乗客たちを取り込み、シブヤ・ハイジャック・オ・ランタンの姿となって東堂の目の前に立ちはだかったのだ。
そして、取り込んだ乗客の中には、合宇富田男もいた。
「うわああああ!!!!」
想像していたよりも3倍は大きいカボチャ頭と、想像していたよりも4倍は長いマント。
高井は思わずその場から逃げ出そうとするが、紫色の顔色をした他の乗客たちが高井を取り囲み、マイムマイムを踊り出す。
逃げ場を失った高井からは写真撮影という選択肢は消え去り、恐怖にすくむばかりだ。
しかし当の東堂はあくまでも冷静だった。この程度であれば大した脅威でもないと知っているからだ。
「機長以外はお前の眷属だろう。そんなに俺に祓われたかったか。合宇富田男」
「キヒヒッ……!!!!東堂健一……怪異界隈の中で有名人なだけあるなァ!!!!はっきり言って対面した時からチビりそうだったぜェッッ!!!!!!」
シブヤ・ハイジャック・オ・ランタンは、合宇富田男という人間に化け、東堂に接触していた。
怪異たちの間で東堂は大量殺戮犯として悪名高いのだ。
シブヤ・ハイジャック・オ・ランタンが東堂に近づこうとした理由はただ一つ。
「東堂健一……これ以上お前に俺たち怪異の無差別理不尽殺人を阻害されると肩身が狭いんだよッッ!!!!!!俺様が直々にタイマン張って殺してやるッッ!!!!!!」
「悪いがこれが仕事なんだ」
「こっちも怪異の義務として無差別理不尽殺人やってんだよォッ!!!!お前の血を固めてアメちゃんを作ってやるぜェッッーーーーー!!!!!」
シブヤ・ハイジャック・オ・ランタンが叫ぶと、周囲の乗客たちはたちまちマイムマイムのポーズからホールドアップの姿勢に変化し、東堂を取り囲む。
「ヒエエッ!!」
高井もつられて両手を上げそうになるが、ハッとするや否や慌てて鞄からスマホを取り出し、レンズをシブヤ・ハイジャック・オ・ランタンと東堂の方向に向ける。
「“堕”ちろッッッッ!!!!!!!!!!!!東堂健一ッッ!!!!!!!!!!!!!
「落ちるのはお前だ」
「ギョベぢッッ!!!!!!!!!」
シブヤ・ハイジャック・オ・ランタンがサムズダウンをする前にあっさりと繰り出された、ゴーストバスター膝蹴り。
そしてシブヤ・ハイジャック・オ・ランタンが体勢を崩したところに叩きこまれる、ゴーストバスター手刀。
「ギョペペペペッッッ!!!!ギョペペッ……」
「高井、鞄取ってくれ。動画は撮り続けたままで」
「は……はい……」
ガタガタと震える高井から鞄を受け取った東堂は、床に倒れ込んだシブヤ・ハイジャック・オ・ランタンの頭を片手で固定すると、頭部の穴(本来灯りを入れる部分)に鞄の口を逆さにして押し付けた。
「ギャピッ……ギャピピピィ…………」
暴れる巨体を物ともせず、東堂はひたすら鞄の中に詰まった飴玉をシブヤ・ハイジャック・オ・ランタンの頭部に流し込んでいく。
シブヤ・ハイジャック・オ・ランタンが動かなくなるまで地道な作業は続き、途中からは高井も手伝った。
なお、何も知らない機長は恐怖のあまり気絶していたが、東堂が代わりに運転して地獄行きからルートを変更し、羽田空港まで戻ったので問題ない。
その後、東京発の飛行機が墜落することはなくなった。
◇◇◇
「それで……出たらアイルランド大使館からだったんすよ!」
「非通知にするといい」
数週間後、都内某所のカフェにて。
高井は笑顔でなんとかフラペチーノを飲み干した。
「先輩のおかげでめっちゃくちゃバズりました!通知止まんないです!本当にありがとうございます!」
「私達のようなものは足で稼ぐしかない。お前も早く一人で祓えるようになれ」
「手刀と膝蹴りのどっちからがいいですかね」
「まずは夜中の4時まで起きるのをやめろ。平日は11時に寝て6時に起きろ」
「難しいなあ……あっ……今度はフランス大使館からだ」
「非通知にしろ」
「俺の個人情報は怪異中に知れ渡ってんのに先輩のは無傷でいいなあ」
「私は仕事用のアドレスに怪異避けの呪をかけている。半端な怪異が触れば大幅に弱体化し、個人情報の抜き出しどころではなくなる」
「先輩ってプログラミングもできるんすか」
「独学だが……最近はyoutubeで勉強できて助かる」
「な……何の動画見てるんですか?」
終